十勝農業ストーリー

十勝の秋風が成熟させる、豆という存在
一粒ひと粒が持つ生命力と、声に耳を澄ませて

関口農場 オリベの豆や/関口嘉子さん

「もっと、豆と、生きる」をコンセプトに、オリベの豆やというブランドを主宰する関口嘉子さん。 嘉子さんと豆との出会いは、関口農場3代目である夫の孝典さんとの結婚を機に、上士幌にやって来てからのこと。「大阪から上士幌に嫁いできて、お義母さんに最初に教えてもらった作物が豆だったんです。『簡単だから植えてごらん』と言われて、紅しぼりの豆を植えてみたら、赤と白のきれいな豆が育ちました。それがすごくうれしくて」。 こうして嘉子さんは、畑の片隅でさまざまな豆を少しずつ育て始めました。



「もっと、豆と、生きる」その先へ

当時から嘉子さんが関心を寄せてきたのは、紅しぼりや鞍掛大豆といった在来種と呼ばれる種類。品種改良をした生産効率の良い豆とは異なり、育てるのに手間がかかることから市場にはなかなか出回らないものの、「どの豆も個性的でとってもおいしいし、この豆を継いでいこうとした人の思いが込められていると思う。その思いに惹かれますし、なくしたくなくて」と、嘉子さんは言います。そうした豆の個性やおいしさ、物語を伝えたいという思いから、地域のマルシェに参加したり、簡単に豆料理を作ることができるキットを開発したりと、豆にまつわる発信を始めることに。それが、オリベの豆やとしての原点となりました。

豆への思いは膨らみ続ける一方で、活動を始めてすぐの頃は「なぜ豆なのか」と尋ねられても、なかなか思いを言葉にすることができず、「なぜ豆なんだろう」と自身に問いかけることも多かったそう。そんな言葉にならない豆への思いを確信に変えてくれた、ある決定的な出来事が起こります。それは2018年の秋、豆が成熟期を迎える頃のこと。その年の夏は雨が多く気温が低かったことから「今年の豆はイマイチ」と肩を落とす農家が多く、嘉子さん自身もその感覚を持って畑に入りました。するとこれまで聞いたことのない「パチパチッ」という音が聞こえてきたのです。「しばらく耳を澄ませるうちに、豆が乾燥していく音だと気づきました。豆は乾燥しながら成熟していく作物。その音を聞いたとき、はっとしたんです。今、自らを成熟させようとしているんだ。今年の天候が良いとか悪いとかは関係なしに、与えられた環境で全力で豆としての生命をまっとうしようとしているんだって」。

豆の声をもっと聞いていきたい。豆の生きる力をもっと伝えていきたい。嘉子さんの中に、確信に満ちた強い思いがあふれていきました。白花豆の花が咲く畑を前に、「表面上は静かに見えても、畑の中では毎日ドラマティックな出来事が起こっているんですよ」と嘉子さんは言います。花が咲くのは真夜中から朝方にかけて。昼間にエネルギーを蓄え、夜の間に粛々と準備し、朝方そっと花を開く。そうして咲かせた花を一日で落とし、少しずつ実を太らせ、秋風に乾かされて成熟する。花も葉も鞘もすべて畑に落とし、最終的には一粒の豆になる。その豆は種でもあり、翌年の春に植えれば芽を出して育っていく。ただそこのみに向かって生きていく潔さ、生命力の強さに、日々心を打たれる嘉子さんがいます。「豆は完璧な存在。だから私は、豆が持つ力を発揮してもらえるように手助けするだけ」。

農業において天候条件はもちろん重要なものですが、どんな条件であっても豆は自ら育とうとします。だからその力を最大限発揮できるように、嘉子さんは毎日畑に足を運び、土や水のことに気を配り、必要な手助けをするのです。「きっと放っておいても育つけれど、気をかけた分、豆は返してくれるから」と嘉子さんは笑顔を見せます。豆の声に耳を澄ませながら、一つひとつの豆の物語に思いを馳せて。嘉子さんは今日も、豆と共に生きています。

関口農場
河東郡上士幌町字居辺東11線
TEL:090-9160-3201
https://oribenomameya.storeinfo.jp/
  • 1 「畑で豆のパワーを感じてもらえたら」と、豆が育つ仕組みなどを嘉子さん自ら丁寧に説明。
    2 嘉子さんが手がけた豆料理。「簡単に楽しめることを知ってほしくて」と、サラダやグラタンなどさまざまな食べ方を提案してくれます。年に一度のイベントのほか、マルシェやWSを通して豆の魅力を伝える活動も。
    3 東大雪の山々を望む畑。関口農場として出荷する大豆や馬鈴薯などの主要作物のほか、嘉子さんがオリベの豆やとして独自に育てている豆の種類は20種類ほど。豆の収穫期を迎えるのは、例年9月上旬から。
    4 2023年から、オリベの豆やの商品を販売してくれている関係者など向けに畑を案内するイベントを開催しています。
    5 極大粒大豆「たまふくら」の花。蘭のような上品な花を咲かせます。豆だけでなく、花もそれぞれ個性豊か。

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