地域を感じる”テロワール牛乳”を目指して
鈴木牧場/鈴木敏文さん
最近、牧草のみを食べさせて育てるグラスフェッド、動物の健康や福祉に焦点を当てたアニマルウェルフェアの考え方が身近になりました。世界的な飼料高騰、円安といった背景もあり、餌を自家製や近隣で調達することが重視されるようになったことも大きいでしょう。とはいっても、飼料から牧草への転換は容易ではありません。栄養価の高い飼料を与えない分、乳量は落ちてしまいますし、繁殖にも影響があるかもしれない。 どうしたらうまく転換できるのだろう。こうして先駆けてグラスフェッドやアニマルウェルフェアに取り組んできた酪農家に注目が集まっているのです。2018年に農薬や化学肥料を使わない牧草栽培を達成した、広尾町の鈴木敏文さんもその一人です。
環境が変わると、牛乳の味も変わる
自ら牧草を育て、水にも工夫を凝らし、牛に欠かせない塩まで作ったというユニークな鈴木さん。牧草のみで育てるようになってから、ずっと自家製の牛乳を発売することを目指してきました。このたび生産設備を整えたことで、念願叶って十勝オーガニック牛乳の生産を開始することができたのです。
広尾町の酪農家の4代目として育った鈴木さん。子どもの頃、年中休まず朝から晩まで泥だらけで働く両親の姿を見て、酪農にはあまり良いイメージがありませんでした。後継者となり、自分の手で牛を育てるようになってからも苦手意識を抱いたままでした。しかし牛の病気がきっかけとなり、牛の健康を考えて化学肥料を減らして育てた牧草を与え始めて数年経った頃のこと。「おいしい牧草を食べた牛の乳は、どんな味がするんだろう」と、牛乳を飲んでみたくなったという鈴木さん。バルククーラーのレバーをひねり、搾りたての牛乳を飲んでみると、驚くほどおいしかったのです。健康に育つと、牛乳もおいしくなる。鈴木さんは自信を深めていきました。
2022年、ついに乳加工室を併設した新しい牛舎が完成。十勝オーガニック牛乳の製造がスタートしました。 新しい牛舎は24時間自由に出入りできるようになっています。撮影に伺った日も牛はほとんど牛舎内にはおらず、外で過ごしていました。牛自身に快適な環境を選ばせて、ストレスのない生活を提供しているので、牛は朝と夕方の搾乳の時間になると自然と牛舎に戻ってきて、搾乳室に列を作ります。その搾りたての生乳を新鮮な状態でパッキングするために、搾乳後30分以内に低温殺菌。搾乳室から直接パイプラインを通し、空気に触れず乳加工室に届く仕組みになっています。
実際に牛乳を飲んでみたところ、驚くほどスッと身体に馴染んでいきました。癖はなく、市販されている牛乳とはまったくの別物です。しかもお腹のゴロゴロ感が現れにくい、栄養価の高いA2牛乳でもあります。また、夏と冬でも味が異なります。青草を食べて育つ夏の牛乳は、爽やかな風を感じる味わいになるでしょう。
鈴木さんが目指すのは「テロワール牛乳」。ワインのように地域性のある牛乳です。日高山脈の豊かな水脈由来の水を飲み、滋養豊かに育った牧草を食べ、広尾町沿岸の海水から作った塩を舐めて育った牛が生み出す牛乳。日高山脈や十勝平野、太平洋の景色を思い浮かべながら味わってみてほしいものです。
鈴木牧場
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広尾郡広尾町紋別16線14-5
https://www.hiroo-suzukifarm.com/
1 冷蔵庫で少し寝かせると、まろやかに舌触りもなめらかになるそう。
2 牛の健康を思い、地元の海水を使って塩を作っている。
3.4 初代畑作農家から酪農業へ転身。現在はグラスフェッドビーフ(牧草のみで育つ牛)を育てている鈴木牧場。
5 新しく完成した牛舎。牛にとって自然な環境を作り出すため、木材を多用している。